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ノスタルジー農法万歳
昔、山のあなたの空遠くに、人々が幸せに暮らす桃源郷があったという。
そこでは穀物、果物が自然に実り、森に行けば野菜が沢山採れたという。
そのエッセンスを現代に応用したのが「ノスタルジー農法」だ。その特徴は・・・
1.無肥料
野山の草木は肥料も与えられないのに繁茂している。肥料など買って与えるのは無駄でしかない。植物栄養など知る必要もない。
2.無農薬
野山の草木は農薬散布されることなく繁茂している。薬剤散布など手間でカネがかかるだけだ。農薬の事など勉強する必要が無いのが楽で良い。
3.無耕起
野山の草木は人間が耕した訳でもない場所で元気に育っている。肉体労働から解放されて楽ちん楽ちん。
4.在来種
有史以前からその土地の気候に合った野菜が自生している。何もカネを出してタネ屋から買う必要は無い。採り残しからタダで手に入る。
以上4点を、白い目で見られようと何であろうと、10年は続けるつもりで頑張る。生活はどうするかって?そんなものは他で稼げば良い。補助金だってある。足りなければ地の利の良い田畑は宅地転用で売り飛ばしてしまえ。田畑はなるべく不便な場所が良い。そこで堪え忍ぶ姿こそが大切だ。いずれ、その苦難の姿を見つけた幸運の女神が微笑むはずだ。
そうこうしている内に、食育だとか、食の安全だとか、あるいは自給率だの、自然回帰だのと、訳の分からない言葉を操る都会人がやってくるだろう。姿は男だったりするかも知れないが、実は彼らこそが「幸福の女神」である。自らの理想をノスタルジー農法に託して数々の神話を書いてくれるだろう。偶々収穫出来たものを高く買ってくれるだろう。寝ているだけで儲かるんだからノスタルジー農法様々だ。
えっ? 収穫物が少なかったらどうするのかって?
そんな事を聞くのは野暮ってもの。欲しいものは必ず与えられるのが世の中なんだから。
変なのが湧いてきた・・
そこでは穀物、果物が自然に実り、森に行けば野菜が沢山採れたという。
そのエッセンスを現代に応用したのが「ノスタルジー農法」だ。その特徴は・・・
1.無肥料
野山の草木は肥料も与えられないのに繁茂している。肥料など買って与えるのは無駄でしかない。植物栄養など知る必要もない。
2.無農薬
野山の草木は農薬散布されることなく繁茂している。薬剤散布など手間でカネがかかるだけだ。農薬の事など勉強する必要が無いのが楽で良い。
3.無耕起
野山の草木は人間が耕した訳でもない場所で元気に育っている。肉体労働から解放されて楽ちん楽ちん。
4.在来種
有史以前からその土地の気候に合った野菜が自生している。何もカネを出してタネ屋から買う必要は無い。採り残しからタダで手に入る。
以上4点を、白い目で見られようと何であろうと、10年は続けるつもりで頑張る。生活はどうするかって?そんなものは他で稼げば良い。補助金だってある。足りなければ地の利の良い田畑は宅地転用で売り飛ばしてしまえ。田畑はなるべく不便な場所が良い。そこで堪え忍ぶ姿こそが大切だ。いずれ、その苦難の姿を見つけた幸運の女神が微笑むはずだ。
そうこうしている内に、食育だとか、食の安全だとか、あるいは自給率だの、自然回帰だのと、訳の分からない言葉を操る都会人がやってくるだろう。姿は男だったりするかも知れないが、実は彼らこそが「幸福の女神」である。自らの理想をノスタルジー農法に託して数々の神話を書いてくれるだろう。偶々収穫出来たものを高く買ってくれるだろう。寝ているだけで儲かるんだからノスタルジー農法様々だ。
えっ? 収穫物が少なかったらどうするのかって?
そんな事を聞くのは野暮ってもの。欲しいものは必ず与えられるのが世の中なんだから。
変なのが湧いてきた・・
2009年のキンモクセイ開花記録
園芸作業が忙しくて、折角写真は撮っておいたのに、記事を書く時間がありませんでした。
9/8の記事で書いた今年は二度咲きが見られるだろうという予想が当たって、ブログサーチで平均値を見てみると1回目が9/24、2回目が10/15のようでした。

私が住んでいる千葉県市川市では明確な二度咲きは見られず・・

9/14にほんの少しだけ咲いて

全国的に開花が始まった9/20になっても蕾は固いまま。

満開になったのは、10/9になってからでした。ここで全ての蕾が開き、その後の開花は見られませんでした。
一方、同じ県内の佐倉市では、はっきりとした二度咲きが見られました。

1回目の開花は9/25日前後。
面白いことに、葉が若干黄色っぽい株や、伸びの悪い枝(節間が狭い)は枝の先端の蕾まで全部開花していました(写真左)。しかし伸びの良い枝では幹に近い方に花が集中していて、先端に近い蕾は固いままでした。さらに良く観察してみると・・

2又に分かれた一方の枝が全部開花していて、もう一方の枝は全部蕾というのも見られました。どうも、開花には木のコンディションも影響しているようで、それが二度咲き現象を複雑にしているようです。
単なる想像ですが、キンモクセイは花芽が出来上がってから一定の低温が引き金になって開花するのではないかと考えています。市川市と佐倉市の年間平均気温を比較すると、佐倉市の方が2℃近く低いので、その微妙な差が二度咲きに影響したのでしょう。開花には低温が影響するとなると、当然、環境が温暖化すれば9月下旬の開花は見られなくなるのでしょうが、過去の記事(ここやここ)にも書いた通り、京都での記録になりますが、温暖化が話題にもならなかった1955年や1960年は10月に1回しか開花しなかったようです。やはり10月10日前後が開花基本日で、9月の気温の微妙な差によって、二度咲きになったりならなかったりするのでしょう。それにしても基本日がこの50年で変化していないように見えるのが面白いですね。
もし、もっと温暖化が進んだとしたら、キンモクセイの開花は10月下旬になるのか、それとも咲かなくなるのか?。沖縄にはキンモクセイが無いと聞きますが、それは育たないのか、咲かないから植えようとも思わないのか??
9/8の記事で書いた今年は二度咲きが見られるだろうという予想が当たって、ブログサーチで平均値を見てみると1回目が9/24、2回目が10/15のようでした。

私が住んでいる千葉県市川市では明確な二度咲きは見られず・・

9/14にほんの少しだけ咲いて

全国的に開花が始まった9/20になっても蕾は固いまま。

満開になったのは、10/9になってからでした。ここで全ての蕾が開き、その後の開花は見られませんでした。
一方、同じ県内の佐倉市では、はっきりとした二度咲きが見られました。

1回目の開花は9/25日前後。
面白いことに、葉が若干黄色っぽい株や、伸びの悪い枝(節間が狭い)は枝の先端の蕾まで全部開花していました(写真左)。しかし伸びの良い枝では幹に近い方に花が集中していて、先端に近い蕾は固いままでした。さらに良く観察してみると・・

2又に分かれた一方の枝が全部開花していて、もう一方の枝は全部蕾というのも見られました。どうも、開花には木のコンディションも影響しているようで、それが二度咲き現象を複雑にしているようです。
単なる想像ですが、キンモクセイは花芽が出来上がってから一定の低温が引き金になって開花するのではないかと考えています。市川市と佐倉市の年間平均気温を比較すると、佐倉市の方が2℃近く低いので、その微妙な差が二度咲きに影響したのでしょう。開花には低温が影響するとなると、当然、環境が温暖化すれば9月下旬の開花は見られなくなるのでしょうが、過去の記事(ここやここ)にも書いた通り、京都での記録になりますが、温暖化が話題にもならなかった1955年や1960年は10月に1回しか開花しなかったようです。やはり10月10日前後が開花基本日で、9月の気温の微妙な差によって、二度咲きになったりならなかったりするのでしょう。それにしても基本日がこの50年で変化していないように見えるのが面白いですね。
もし、もっと温暖化が進んだとしたら、キンモクセイの開花は10月下旬になるのか、それとも咲かなくなるのか?。沖縄にはキンモクセイが無いと聞きますが、それは育たないのか、咲かないから植えようとも思わないのか??
秋の園芸シーズン
アクセス解析を見てみたら、木酢をキーワードにして拙ブログに来られた方が増えているようだった。試しに「木酢」でブログサーチをしてみると、下のグラフのような結果が出た。

大雑把に見て、年に2回のピークがあり、4〜7月の春の園芸シーズンの後、盛夏は一休みして、9〜10月即ち秋の園芸シーズンにも小さなピークが現れるようだ。
木酢とセットになって現れるキーワードは・・
自然農薬
天然農薬
焼酎
ニンニク
トウガラシ(唐辛子、とうがらし)
ドクダミ
害虫
効果
・・といったところだ。
それで試しに同じキーワードで検索してみると、自然農薬(笑)ではアセビを入れるのも人気の処方のようだ。「農薬は使いたくないけど自然のものなら安心ね!」ということで、自然のものなら人に対する毒物でも安心らしい。
どのようなモノをどのような比率で混ぜるかが秘訣らしいのだが、いっそのこと全部混ぜてしまえば良いのになあと思う。おそらく混合の黄金比があるのだと思っているのだろう。何ヶ月漬けておくべしとか言うのも多くて、たぶん漬け込んでいる間に自作自然農薬のことは忘れてしまうらしく、実際に使ってどうだったかの体験談は本当に少ない。まあ、作ったところまでで自然派の自分に満足しているのだろうけど。
面白いのは、木酢液に放り込むものは、人間にとって毒であるもの、臭いもの、辛いものばかりなのだ。要するに昆虫や微生物と人間は毒物等に対する反応が同じだと信じて、人間にとってクセの強い様々なものを放り込んでいるという訳だ。自分が嫌いなものは虫や微生物も嫌いだろうと・・。こういうのは一種の人間中心思想と呼んでも構わないのだと思う。自然農薬が好きな連中は、往々にして「自然との共生」を叫んだりするのだが、「人間中心思想」と「自然との共生」が、どのように両立するのか頭の中を覗いてみたいと思う。
木酢にクセの強い植物を放り込んだ自然農薬(笑)で最も困るのは、木酢に農薬が予め混入されていても誰もチェックしないということだ。農薬でも食品でもない「雑貨」の農薬検査をする者など居ない。自然農薬(笑)を作った方は「唐辛子はやっぱり効くなあ」と思っていても、実は農薬が効いているだけという事態が起こる。実際、「漢方農薬」と称して販売された雑貨に無登録農薬が混入されていた事件があった。おそらく、安全安心万能農薬を求める人間がいる限り、今後も似たような雑貨が開発され販売され続けるのだろう。
木酢液には苦い思い出がある。随分昔の話だが、農家にある花の生産を委託したことがあって、ある日、生長が思わしくないというので農家の人が勝手に木酢液を散布したのだ。そうしたら、数日で葉が真っ黒になって、ほとんど全部(数千本)の苗が枯れてしまった。この話、実は順序が逆で、実際には「葉が真っ黒になって枯れてしまったが何の病気か?」という問い合わせで、あれこれ探っている内に、「実は木酢液を撒きました」ということが判ったのだ。何を根拠に木酢液に生長促進効果があると信じたのか全く解らなかったのだが、当時は木酢液は万能薬のように考えられていたようなのだ。誰がそんなインチキ情報を流すのか知らないが、まあ推して知るべしなのだろう。仲介に入った部署から「変な病気が出たから直ぐに見に来て欲しい」と言われて駆けつけ、あまりの惨状に絶望的な気持ちになったのを思い出す。農家の方はといえば、安全無害な自然万能薬と信じているので、木酢を撒いた事を言わないから原因がなかなか判らない。挙げ句の果てには「植物の方が悪いのだ」と言わんばかりだったり、「木酢を撒いてはダメだとは言われていなかった・・・」などと言われて本当に困った。もちろん一番困ったのは販売計画がゼロになってしまったことなのだが、この責任の所在はどこにあるのだろう。
成分も明らかでない(統一された基準が無い)、使い方の基準も無い(薬効を期待する方は自己責任でねってこと)、効果効能も明らかでない(当たり前)単なる雑貨に、「自然派」の方々は何を求めているのだろうか? とばっちりを被るのはもうご免だなあ・・・。

大雑把に見て、年に2回のピークがあり、4〜7月の春の園芸シーズンの後、盛夏は一休みして、9〜10月即ち秋の園芸シーズンにも小さなピークが現れるようだ。
木酢とセットになって現れるキーワードは・・
自然農薬
天然農薬
焼酎
ニンニク
トウガラシ(唐辛子、とうがらし)
ドクダミ
害虫
効果
・・といったところだ。
それで試しに同じキーワードで検索してみると、自然農薬(笑)ではアセビを入れるのも人気の処方のようだ。「農薬は使いたくないけど自然のものなら安心ね!」ということで、自然のものなら人に対する毒物でも安心らしい。
どのようなモノをどのような比率で混ぜるかが秘訣らしいのだが、いっそのこと全部混ぜてしまえば良いのになあと思う。おそらく混合の黄金比があるのだと思っているのだろう。何ヶ月漬けておくべしとか言うのも多くて、たぶん漬け込んでいる間に自作自然農薬のことは忘れてしまうらしく、実際に使ってどうだったかの体験談は本当に少ない。まあ、作ったところまでで自然派の自分に満足しているのだろうけど。
面白いのは、木酢液に放り込むものは、人間にとって毒であるもの、臭いもの、辛いものばかりなのだ。要するに昆虫や微生物と人間は毒物等に対する反応が同じだと信じて、人間にとってクセの強い様々なものを放り込んでいるという訳だ。自分が嫌いなものは虫や微生物も嫌いだろうと・・。こういうのは一種の人間中心思想と呼んでも構わないのだと思う。自然農薬が好きな連中は、往々にして「自然との共生」を叫んだりするのだが、「人間中心思想」と「自然との共生」が、どのように両立するのか頭の中を覗いてみたいと思う。
木酢にクセの強い植物を放り込んだ自然農薬(笑)で最も困るのは、木酢に農薬が予め混入されていても誰もチェックしないということだ。農薬でも食品でもない「雑貨」の農薬検査をする者など居ない。自然農薬(笑)を作った方は「唐辛子はやっぱり効くなあ」と思っていても、実は農薬が効いているだけという事態が起こる。実際、「漢方農薬」と称して販売された雑貨に無登録農薬が混入されていた事件があった。おそらく、安全安心万能農薬を求める人間がいる限り、今後も似たような雑貨が開発され販売され続けるのだろう。
木酢液には苦い思い出がある。随分昔の話だが、農家にある花の生産を委託したことがあって、ある日、生長が思わしくないというので農家の人が勝手に木酢液を散布したのだ。そうしたら、数日で葉が真っ黒になって、ほとんど全部(数千本)の苗が枯れてしまった。この話、実は順序が逆で、実際には「葉が真っ黒になって枯れてしまったが何の病気か?」という問い合わせで、あれこれ探っている内に、「実は木酢液を撒きました」ということが判ったのだ。何を根拠に木酢液に生長促進効果があると信じたのか全く解らなかったのだが、当時は木酢液は万能薬のように考えられていたようなのだ。誰がそんなインチキ情報を流すのか知らないが、まあ推して知るべしなのだろう。仲介に入った部署から「変な病気が出たから直ぐに見に来て欲しい」と言われて駆けつけ、あまりの惨状に絶望的な気持ちになったのを思い出す。農家の方はといえば、安全無害な自然万能薬と信じているので、木酢を撒いた事を言わないから原因がなかなか判らない。挙げ句の果てには「植物の方が悪いのだ」と言わんばかりだったり、「木酢を撒いてはダメだとは言われていなかった・・・」などと言われて本当に困った。もちろん一番困ったのは販売計画がゼロになってしまったことなのだが、この責任の所在はどこにあるのだろう。
成分も明らかでない(統一された基準が無い)、使い方の基準も無い(薬効を期待する方は自己責任でねってこと)、効果効能も明らかでない(当たり前)単なる雑貨に、「自然派」の方々は何を求めているのだろうか? とばっちりを被るのはもうご免だなあ・・・。
マスクの業者が宣伝記事を書く朝日新聞
下に取り上げた朝日新聞の記事には、「専門家の共通した見方」とか「ある医師の警鐘(笑)」とあるが、全て匿名であって誰が言ったのか判らない。このような場合、記者はウイルス専門家であり医師でもあると考えて差し支えない。朝日新聞社は凄い記者を雇っているようだ。
警戒レベルが最高だのパンデミックだのと危機を煽っているが、これは映画の見過ぎ。人々がバタバタと倒れて死んでいくような危機感を演出しているつもりなのだろう。
「睡眠や栄養を取ることこそ、感染防止の基本」とあるが、そんな事を言った人がいるのだろうか? インフルエンザは飛沫感染が主な感染経路だから、「手洗いとうがいが基本」と言われているはずだ。見当違いな情報を垂れ流さないで欲しい。睡眠と栄養で感染が防げるのなら苦労は無いよ。一番効果的な予防方法を伏せておいて、マスクを勧めるというのはどういう意図なのだろうか? 感染を拡大させて、パニックでマスク需要が増えるのを期待しているのかなあ。ああ、記者はマスクの販売も手がけているのか・・・納得。
なんだかな〜
asahi.com> マイタウン> 岐阜> 記事
マスクが必要な時期に 2009年09月06日
メキシコや米国で新型インフルエンザの感染拡大が報じられたのは、今年春の大型連休の直前。日本では感染者の上陸を水際で阻止し、ウイルスを封じ込めるための検疫活動が始まった。空港や街角で人々がマスクを着用する姿が連日、報道によって大々的に取り上げられた。
だがそのころ、新型インフルは市中ではそれほど流行しておらず、疫学的にみて感染者は少なく、本当はマスク着用の必要性はそれほど高くなかった。県内の医療関係者は「病原性がはっきりせず、見当が付かない状況で過剰反応が起きていた」と振り返る。
その後、世界保健機関(WHO)は6月、新型インフルの警戒レベルを、世界的大流行(パンデミック)を意味する最高度の「フェーズ6」に引き上げた。当初発生が想定されていた鳥インフルよりも病原性は高くはないが、県内でもここに来て、流行が広がっていることがデータからも裏付けられている。
「睡眠や栄養を取ることこそ、感染防止の基本」という声もあるが、「一般論としては大切だが、現在の感染者数では、それだけで拡大を防げるような状況ではなくなった」というのが専門家の共通した見方だ。
大型連休のころよりも、感染の危険性は身近に迫っており、マスクを着用することで、予防を考えなければいけない段階に来ている。ある医師は「常時マスクを着用するべきだということではないが、ハイリスク者や流行地域の人々は、外出時に着用した方がよい」と警鐘を鳴らす。
警戒レベルが最高だのパンデミックだのと危機を煽っているが、これは映画の見過ぎ。人々がバタバタと倒れて死んでいくような危機感を演出しているつもりなのだろう。
「睡眠や栄養を取ることこそ、感染防止の基本」とあるが、そんな事を言った人がいるのだろうか? インフルエンザは飛沫感染が主な感染経路だから、「手洗いとうがいが基本」と言われているはずだ。見当違いな情報を垂れ流さないで欲しい。睡眠と栄養で感染が防げるのなら苦労は無いよ。一番効果的な予防方法を伏せておいて、マスクを勧めるというのはどういう意図なのだろうか? 感染を拡大させて、パニックでマスク需要が増えるのを期待しているのかなあ。ああ、記者はマスクの販売も手がけているのか・・・納得。
なんだかな〜
asahi.com> マイタウン> 岐阜> 記事
マスクが必要な時期に 2009年09月06日
メキシコや米国で新型インフルエンザの感染拡大が報じられたのは、今年春の大型連休の直前。日本では感染者の上陸を水際で阻止し、ウイルスを封じ込めるための検疫活動が始まった。空港や街角で人々がマスクを着用する姿が連日、報道によって大々的に取り上げられた。
だがそのころ、新型インフルは市中ではそれほど流行しておらず、疫学的にみて感染者は少なく、本当はマスク着用の必要性はそれほど高くなかった。県内の医療関係者は「病原性がはっきりせず、見当が付かない状況で過剰反応が起きていた」と振り返る。
その後、世界保健機関(WHO)は6月、新型インフルの警戒レベルを、世界的大流行(パンデミック)を意味する最高度の「フェーズ6」に引き上げた。当初発生が想定されていた鳥インフルよりも病原性は高くはないが、県内でもここに来て、流行が広がっていることがデータからも裏付けられている。
「睡眠や栄養を取ることこそ、感染防止の基本」という声もあるが、「一般論としては大切だが、現在の感染者数では、それだけで拡大を防げるような状況ではなくなった」というのが専門家の共通した見方だ。
大型連休のころよりも、感染の危険性は身近に迫っており、マスクを着用することで、予防を考えなければいけない段階に来ている。ある医師は「常時マスクを着用するべきだということではないが、ハイリスク者や流行地域の人々は、外出時に着用した方がよい」と警鐘を鳴らす。




