Latest Entries
ついにヘレボラス界にも「出たな!自然教!!」っていうところ。ブラックデスの症状はクリスマスローズの「自殺」だと、驚きの珍説を展開し、自殺を礼賛する記事が某セミプロのサイトに登場している。
自分たちの仲間と子孫の命を守るための、クリスマスローズ達の止むにやまれぬ行為だったのに気づく
のだそうだ(爆笑!)
基礎知識が無いから研究結果を正確に理解出来ず、解らないなら黙っていれば良いものをわざわざ感動の秘話にしてしまって他人に教えようというところがイタイ。本当に「自然教」はタチが悪いなあ。自らの無知をさらすだけなら、まさに自殺行為なのだが、この記事や、これを引用した他のサイトは「感動した」とか「自然の摂理」だとかのコメントが連なり、この連中は自殺が感動の行為だと信じている怖い人達と見た。「俺様を守ってくれてありがとう!」ってか? どこまでエゴイストなんだろう。これだけ自殺が社会問題化しているというのに、まだまだ生贄が欲しいのだろうか。
勘違いはどこにあるのか・・
植物の生体防御機構である「過敏感細胞死」による斑点や壊疽斑と、ブラックデスの病徴である黒斑を混同してしまったところにある。引用先の記事を読むと誤解されるような記述ではないのだが、元々が自殺礼賛の色眼鏡をかけているらしいので、話が明後日の方向に飛んでしまう。
過敏感細胞死による壊疽ならその株はウイルス病から逃れたことになるが、黒斑が出た株というのは既に全身にウイルスが蔓延してウイルス病の症状が出てしまっている訳だ。つまりブラックデスの症状が出ている株が、仲間や子孫をウイルスから守っている(守ろうとしている)なんて勘違いも良いところ。おもいっきり感染源になっている。植物の細胞レベルの死と個体レベルの死がゴチャゴチャになって、どういう訳か人間の病気に思いを馳せ、最後は感動の秘話に落とすというのが、自然教ではお馴染みのスタイルだ。
そんな色眼鏡をかけないでもヘレボラスは十分に美しいのに、先端研究を交えた話題にすれば自分に泊が付くと思っているのだろうな。「俺様が無知なお前らに科学に裏付けされた感動の秘話を教えてやる」って感じで。ならばちゃんと基礎を勉強すれば良いのに。
それにしても、自殺や病死を自然の摂理として美化するなんて、飽きれてしまうというか恐ろしいというか・・・。人類寄生虫論のバカバカしさを書いている時にも思ったのだが、何故「自然教」は「自殺礼賛」と親和性が高いのだろう?
おまけ: そのサイトでは、俺様がお前らに基礎を教えてやると言って用語集を掲載しているが、例えば「クロス交配」なる珍妙な言葉があるあたり、遺伝学の基礎知識に乏しいことがすぐにわかる。「クロス」は「交配」の意味なんだから、この人はモーニング朝とかライス飯とか言うのだろうか。他家授粉のことを表すのだそうだが、ならば自家授粉(セルフクロス)は何と言うのか?? この「クロス交配」という言葉を最近チラホラ見かけるなあと思ったら、どうやら俺様教サイトが発信源らしいので併せて指摘しておく。とにかくヘラボラスの商売だけに集中し、科学を装って珍妙な用語や恐ろしい教義を広めるのは止めにしてもらいたいもの。
自分たちの仲間と子孫の命を守るための、クリスマスローズ達の止むにやまれぬ行為だったのに気づく
のだそうだ(爆笑!)
基礎知識が無いから研究結果を正確に理解出来ず、解らないなら黙っていれば良いものをわざわざ感動の秘話にしてしまって他人に教えようというところがイタイ。本当に「自然教」はタチが悪いなあ。自らの無知をさらすだけなら、まさに自殺行為なのだが、この記事や、これを引用した他のサイトは「感動した」とか「自然の摂理」だとかのコメントが連なり、この連中は自殺が感動の行為だと信じている怖い人達と見た。「俺様を守ってくれてありがとう!」ってか? どこまでエゴイストなんだろう。これだけ自殺が社会問題化しているというのに、まだまだ生贄が欲しいのだろうか。
勘違いはどこにあるのか・・
植物の生体防御機構である「過敏感細胞死」による斑点や壊疽斑と、ブラックデスの病徴である黒斑を混同してしまったところにある。引用先の記事を読むと誤解されるような記述ではないのだが、元々が自殺礼賛の色眼鏡をかけているらしいので、話が明後日の方向に飛んでしまう。
過敏感細胞死による壊疽ならその株はウイルス病から逃れたことになるが、黒斑が出た株というのは既に全身にウイルスが蔓延してウイルス病の症状が出てしまっている訳だ。つまりブラックデスの症状が出ている株が、仲間や子孫をウイルスから守っている(守ろうとしている)なんて勘違いも良いところ。おもいっきり感染源になっている。植物の細胞レベルの死と個体レベルの死がゴチャゴチャになって、どういう訳か人間の病気に思いを馳せ、最後は感動の秘話に落とすというのが、自然教ではお馴染みのスタイルだ。
そんな色眼鏡をかけないでもヘレボラスは十分に美しいのに、先端研究を交えた話題にすれば自分に泊が付くと思っているのだろうな。「俺様が無知なお前らに科学に裏付けされた感動の秘話を教えてやる」って感じで。ならばちゃんと基礎を勉強すれば良いのに。
それにしても、自殺や病死を自然の摂理として美化するなんて、飽きれてしまうというか恐ろしいというか・・・。人類寄生虫論のバカバカしさを書いている時にも思ったのだが、何故「自然教」は「自殺礼賛」と親和性が高いのだろう?
おまけ: そのサイトでは、俺様がお前らに基礎を教えてやると言って用語集を掲載しているが、例えば「クロス交配」なる珍妙な言葉があるあたり、遺伝学の基礎知識に乏しいことがすぐにわかる。「クロス」は「交配」の意味なんだから、この人はモーニング朝とかライス飯とか言うのだろうか。他家授粉のことを表すのだそうだが、ならば自家授粉(セルフクロス)は何と言うのか?? この「クロス交配」という言葉を最近チラホラ見かけるなあと思ったら、どうやら俺様教サイトが発信源らしいので併せて指摘しておく。とにかくヘラボラスの商売だけに集中し、科学を装って珍妙な用語や恐ろしい教義を広めるのは止めにしてもらいたいもの。
首相、今度はガンジーの視点で理念を語る
自分の事はある程度棚上げしておかないと理想を語ることは出来ないが、宇宙から見下ろすような視点で語られると空々しさしか感じない。地球の立場になって何か言っていたなあと思ったら、今度はガンジーになったつもりでいるのだろう。所詮、全ては人ごとなのだろう。
jijii.com (2010/01/29-17:19)より
「労働なき富」にやじ集中=施政方針演説
「理念なき政治、労働なき富…」。鳩山由紀夫首相が29日の施政方針演説でインド独立の父、マハトマ・ガンジーの「七つの社会的大罪」を引用して発言した際、野党側が一斉に「おまえのことじゃないか」「税金払え」などとやじを飛ばし、衆参両院本会議場は騒然となった。
首相は偽装献金事件で実母から多額の資金提供を受け、昨年12月下旬に約5億7500万円の贈与税を納めたばかり。このため、「労働なき富」を盛り込むことに「母親の贈与を想起させる」と閣僚からも官邸内からも反対の声が出たが、首相は気にしなかったという。ただ、お金に恵まれる首相はやじの集中砲火を浴びる結果となった。
jijii.com (2010/01/29-17:19)より
「労働なき富」にやじ集中=施政方針演説
「理念なき政治、労働なき富…」。鳩山由紀夫首相が29日の施政方針演説でインド独立の父、マハトマ・ガンジーの「七つの社会的大罪」を引用して発言した際、野党側が一斉に「おまえのことじゃないか」「税金払え」などとやじを飛ばし、衆参両院本会議場は騒然となった。
首相は偽装献金事件で実母から多額の資金提供を受け、昨年12月下旬に約5億7500万円の贈与税を納めたばかり。このため、「労働なき富」を盛り込むことに「母親の贈与を想起させる」と閣僚からも官邸内からも反対の声が出たが、首相は気にしなかったという。ただ、お金に恵まれる首相はやじの集中砲火を浴びる結果となった。
「自然界には無駄が無い」という神話
先日テレビを見ていたら、メジロがアブラムシを食べているシーンが映った。
ナレーション曰く、「害虫もこのようにメジロに食べられることによって役に立っているのですね」「自然界には一見役に立たないように見えても、実際には無駄なものは無いのです」云々。
これも「俺様教」の典型例で、要するに、「俺様の作物を食い荒らす害虫も、可愛いメジロの餌になることで、俺様の目を楽しませる役に立っている」と言っている訳だ。地球上のあらゆる生命や物質は姿形を変えて絶えず循環しているのだから、そのごく一部を切り取って「無駄が無い」などと悟ったようなことを言って何の意味があるのだろう。
「自然界には無駄が無い」と言う者は、暗に「人間界は無駄ばかり」と言いたい訳だが、その心根を考えると薄ら寒いものを覚える。この者は、生命の益無益、要不要を判断することが自分には可能だと考えており、無益、不要と判断したものは無駄であると考えているのだ。俺様教の恐ろしさを感じずにはおれない。
ナレーション曰く、「害虫もこのようにメジロに食べられることによって役に立っているのですね」「自然界には一見役に立たないように見えても、実際には無駄なものは無いのです」云々。
これも「俺様教」の典型例で、要するに、「俺様の作物を食い荒らす害虫も、可愛いメジロの餌になることで、俺様の目を楽しませる役に立っている」と言っている訳だ。地球上のあらゆる生命や物質は姿形を変えて絶えず循環しているのだから、そのごく一部を切り取って「無駄が無い」などと悟ったようなことを言って何の意味があるのだろう。
「自然界には無駄が無い」と言う者は、暗に「人間界は無駄ばかり」と言いたい訳だが、その心根を考えると薄ら寒いものを覚える。この者は、生命の益無益、要不要を判断することが自分には可能だと考えており、無益、不要と判断したものは無駄であると考えているのだ。俺様教の恐ろしさを感じずにはおれない。
脳科学の「神話」ご注意
脳科学は胡散臭さ全開だけれど、「自然教」も負けず劣らず胡散臭い神話ばかりだと思う。
科学技術立国などと、科学が短期的に「役に立つ」、特に「金儲けの役に立つ」ことを期待されるようになって以来、胡散臭さが加速していると思う。記事にも書かれているが、「結論が先にあってデータを使っただけ」というのを「俺様教」と呼ばずに何と呼ぼうか。それに加えて気になるのが、何でもかんでも「ちょっと良い話」や「感動の話」にまとめちゃう連中。そんなことを言うために科学がある訳では無いのだから、マスコミも「脳科学」に限らず、ビジネスありきの怪しい科学には得意の警鐘をジャンジャン鳴らして欲しいものだ。少なくとも、論文も書いていないような「自称科学者」に、日本や若者達が胡散臭い方向に導かれないようにしてもらいたい。
右脳・左脳、ゲーム脳…脳科学の「神話」ご注意
世は空前の脳科学ブーム。タイトルに脳のつく書籍は、この5年間で3000冊以上も出版された。しかし、脳に関する気になる話は、研究結果を拡大解釈した俗説も少なくない。
経済協力開発機構(OECD)は、こうした俗説を「神経神話」と呼ぶ。典型的な例として「〈論理的な左脳〉と〈創造的な右脳〉」というような単純な区分けと、3歳児までに豊かで多様な刺激を与えた方が頭が良くなるという「3歳児神話」の二つをあげる。
テレビゲームをやり続けると、子供がキレやすく反社会的になるという「ゲーム脳」も、神話のひとつ。「前頭葉で脳波のアルファ波が増え、逆にベータ波が激減するパターンは認知症と一緒」というのが根拠で、教育関係者らに広く支持された。しかし、「脳科学の真実」という著書もある坂井克之・東京大学准教授(脳科学)は「ベータ波はリラックス時にも減る。結論が先にあってデータを使っただけで、脳活動のデータが何を示しているのかの判断は難しい」と批判する。
◆脳トレだけの効果は「?」◆
簡単な計算や音読で脳を鍛えるという「脳トレ」もブームになった。認知症の予防に応用した学習療法も広がっている。お年寄りが脳トレに取り組み、認知症が改善したというデータも出ているが、学習療法では介護スタッフが励まし、褒めることが重要な要素だ。スタッフがお年寄りの隠れた能力に気づき、その能力を引き出す側面も大きい。
脳トレを提唱した川島隆太・東北大学教授は「学習療法の目的は、認知症の改善で、どの要素が効いているかは重要ではない」と主張するが、坂井さんは「脳トレだけの効果なのか、科学的に検証されていない」と指摘する。
◆実際の研究とはミゾ◆
こうした神話が続々と生まれるようになったのは、1990年代以降。磁気共鳴画像(MRI)など脳の分析技術が発達し、脳の画像が手軽に手に入るようになってからだ。
兵庫教育大学の松村京子教授は「家庭や教育現場で脳科学への関心が高まっているが、実際の研究との間には溝がある。その分、単純化された説明を受け入れがち」と指摘する。ウソの話も脳の画像と一緒に説明すると、信じる人が増えるという研究もある。
専門家でつくる日本神経科学学会も今月、科学的な根拠を明確にした情報発信を求める声明を出して現状に警鐘を鳴らした。脳の研究は教育や医療に応用されることが多いだけに、情報の出し手も受け手側も注意が必要だ。(科学部 杉森純)
(2010年1月23日17時38分 読売新聞)
科学技術立国などと、科学が短期的に「役に立つ」、特に「金儲けの役に立つ」ことを期待されるようになって以来、胡散臭さが加速していると思う。記事にも書かれているが、「結論が先にあってデータを使っただけ」というのを「俺様教」と呼ばずに何と呼ぼうか。それに加えて気になるのが、何でもかんでも「ちょっと良い話」や「感動の話」にまとめちゃう連中。そんなことを言うために科学がある訳では無いのだから、マスコミも「脳科学」に限らず、ビジネスありきの怪しい科学には得意の警鐘をジャンジャン鳴らして欲しいものだ。少なくとも、論文も書いていないような「自称科学者」に、日本や若者達が胡散臭い方向に導かれないようにしてもらいたい。
右脳・左脳、ゲーム脳…脳科学の「神話」ご注意
世は空前の脳科学ブーム。タイトルに脳のつく書籍は、この5年間で3000冊以上も出版された。しかし、脳に関する気になる話は、研究結果を拡大解釈した俗説も少なくない。
経済協力開発機構(OECD)は、こうした俗説を「神経神話」と呼ぶ。典型的な例として「〈論理的な左脳〉と〈創造的な右脳〉」というような単純な区分けと、3歳児までに豊かで多様な刺激を与えた方が頭が良くなるという「3歳児神話」の二つをあげる。
テレビゲームをやり続けると、子供がキレやすく反社会的になるという「ゲーム脳」も、神話のひとつ。「前頭葉で脳波のアルファ波が増え、逆にベータ波が激減するパターンは認知症と一緒」というのが根拠で、教育関係者らに広く支持された。しかし、「脳科学の真実」という著書もある坂井克之・東京大学准教授(脳科学)は「ベータ波はリラックス時にも減る。結論が先にあってデータを使っただけで、脳活動のデータが何を示しているのかの判断は難しい」と批判する。
◆脳トレだけの効果は「?」◆
簡単な計算や音読で脳を鍛えるという「脳トレ」もブームになった。認知症の予防に応用した学習療法も広がっている。お年寄りが脳トレに取り組み、認知症が改善したというデータも出ているが、学習療法では介護スタッフが励まし、褒めることが重要な要素だ。スタッフがお年寄りの隠れた能力に気づき、その能力を引き出す側面も大きい。
脳トレを提唱した川島隆太・東北大学教授は「学習療法の目的は、認知症の改善で、どの要素が効いているかは重要ではない」と主張するが、坂井さんは「脳トレだけの効果なのか、科学的に検証されていない」と指摘する。
◆実際の研究とはミゾ◆
こうした神話が続々と生まれるようになったのは、1990年代以降。磁気共鳴画像(MRI)など脳の分析技術が発達し、脳の画像が手軽に手に入るようになってからだ。
兵庫教育大学の松村京子教授は「家庭や教育現場で脳科学への関心が高まっているが、実際の研究との間には溝がある。その分、単純化された説明を受け入れがち」と指摘する。ウソの話も脳の画像と一緒に説明すると、信じる人が増えるという研究もある。
専門家でつくる日本神経科学学会も今月、科学的な根拠を明確にした情報発信を求める声明を出して現状に警鐘を鳴らした。脳の研究は教育や医療に応用されることが多いだけに、情報の出し手も受け手側も注意が必要だ。(科学部 杉森純)
(2010年1月23日17時38分 読売新聞)
自称理学博士による的外れな科学批判
前記事の続きだが、常盤氏の2009年10月27日の記事は痛いことばかり書いてある。本当に理学博士なのだろうか? まさか買ったんじゃないだろうな?
「近代社会の発展において、科学は重要な役割を果たしてきました。科学によって技術が進化し、新しいモノが生まれ、人々の生活は豊かになりました。現在の私たちの生活が、科学の力があってこそ成り立っているのは、まぎれもない事実でしょう。その一方で、弊害も生まれています。科学は要素還元的なアプローチで物事の解明に迫ります。結果として科学や技術自身が細分化され、物事を見る視点が細かい方へ小さい方へと偏ってしまうのです。」
科学は分析と総合の両方から成っていることを忘れてしまっているようだ。それで、次のような的外れな科学批判に繋げている。
世の中の事象すべてを科学で説明できるわけではありません。ましてや、人の集合体であり、生き物とも言える企業の活動を、完全に数値化することなど極めて困難です。仮に科学で説明または実証できる部分が全体の20〜30%だとしても、だからといって残りの70〜80%を「非科学的だ」という理由で排除することはできません。あまり科学にこだわると、その対極にあるもの(現時点では科学で説明できないもの)を認めようとしなくなります。これは怖いことです。
藁人形論法の典型例だ。科学で「全て」を説明しようとする科学者は居ないことは以前に記事に書いたが、常盤氏は科学を本当に学んだのだろうか?
科学、科学と言い過ぎると、科学が一人歩きするようになってしまいます。米国のサブプライム問題に端を発した金融危機も、元はと言えば金融工学という科学と密接な関係があります。人と人との関わりで成り立っている金融経済というものを、人から切り離して、科学(数学)の世界だけで利益を追求するシステムを作り上げたのです。このシステムの矛盾が一気に湧き出し、金融危機を招いたのです。これは結局、科学への過信が先行し、金融経済から人の要素を遠ざけてしまったことが問題だったのだと思います。
これは科学では無いなあ。全体が解った訳でも無いのに利益追求のツールにしたところに問題があるのだと思う。ツールとして使えなかったからと言って、科学が一人歩きしたとは言わないだろうに。
ところで、「科学」の対義語は何でしょうか。「非科学」ではありません。私は「直感」または「直観」だと思っています。それは科学的には説明できなくても、物事を面白いとか怪しいとか、不思議だとか、物事の真相を感じ取る心の働き、作用と言ってもいいでしょう。
科学者は説明出来ないから面白いとか興味深いとかと考える訳であって、既にある知識で説明出来ることは面白いとは思わない。「科学」の対義語は「直観」では無い。むしろ「直観」は科学の源泉だと思う。つまり、お釈迦様の手の中では新たな発見は無いということだ。
数字は科学的で合理的かもしれませんが、合理性だけを追求していては、イノベーションは起きません。モノ作りで言えば、驚きのある真に革新的な商品は生まれないのです。例えば、米アップルのiPodやソニーのウォークマンも、合理性だけでは生まれなかった商品だと言っていいでしょう。こんな商品が欲しいとか、これは楽しいとか面白いといった数値化できない感性や直観で開発したからこそ、世の中を変える大ヒット商品になったのです。イノベーションというと、すぐ科学・技術が出てきますが、これだけでなく同時にニーズを直観する能力が求められます。
科学は革新的な商品を生み出すためのツールでは無いのだがなあ・・・。
「こんな商品が欲しいとか、これは楽しいとか面白いといった・・」というのは、科学とは無関係の理想や価値観、意思の問題であって、科学と対比させても意味がない。やはり、科学をビジネスのツールくらいにしか考えていないのだろう。
「科学は苦手です〜」の人たちは、こういう記事を読むと喜ぶのかも知れないが、最低限の科学的知識が無いままに、「面白さ」を追求すると、単なる精神論や机上の空論に終わるんだがなあ。大丈夫か?花王。
「近代社会の発展において、科学は重要な役割を果たしてきました。科学によって技術が進化し、新しいモノが生まれ、人々の生活は豊かになりました。現在の私たちの生活が、科学の力があってこそ成り立っているのは、まぎれもない事実でしょう。その一方で、弊害も生まれています。科学は要素還元的なアプローチで物事の解明に迫ります。結果として科学や技術自身が細分化され、物事を見る視点が細かい方へ小さい方へと偏ってしまうのです。」
科学は分析と総合の両方から成っていることを忘れてしまっているようだ。それで、次のような的外れな科学批判に繋げている。
世の中の事象すべてを科学で説明できるわけではありません。ましてや、人の集合体であり、生き物とも言える企業の活動を、完全に数値化することなど極めて困難です。仮に科学で説明または実証できる部分が全体の20〜30%だとしても、だからといって残りの70〜80%を「非科学的だ」という理由で排除することはできません。あまり科学にこだわると、その対極にあるもの(現時点では科学で説明できないもの)を認めようとしなくなります。これは怖いことです。
藁人形論法の典型例だ。科学で「全て」を説明しようとする科学者は居ないことは以前に記事に書いたが、常盤氏は科学を本当に学んだのだろうか?
科学、科学と言い過ぎると、科学が一人歩きするようになってしまいます。米国のサブプライム問題に端を発した金融危機も、元はと言えば金融工学という科学と密接な関係があります。人と人との関わりで成り立っている金融経済というものを、人から切り離して、科学(数学)の世界だけで利益を追求するシステムを作り上げたのです。このシステムの矛盾が一気に湧き出し、金融危機を招いたのです。これは結局、科学への過信が先行し、金融経済から人の要素を遠ざけてしまったことが問題だったのだと思います。
これは科学では無いなあ。全体が解った訳でも無いのに利益追求のツールにしたところに問題があるのだと思う。ツールとして使えなかったからと言って、科学が一人歩きしたとは言わないだろうに。
ところで、「科学」の対義語は何でしょうか。「非科学」ではありません。私は「直感」または「直観」だと思っています。それは科学的には説明できなくても、物事を面白いとか怪しいとか、不思議だとか、物事の真相を感じ取る心の働き、作用と言ってもいいでしょう。
科学者は説明出来ないから面白いとか興味深いとかと考える訳であって、既にある知識で説明出来ることは面白いとは思わない。「科学」の対義語は「直観」では無い。むしろ「直観」は科学の源泉だと思う。つまり、お釈迦様の手の中では新たな発見は無いということだ。
数字は科学的で合理的かもしれませんが、合理性だけを追求していては、イノベーションは起きません。モノ作りで言えば、驚きのある真に革新的な商品は生まれないのです。例えば、米アップルのiPodやソニーのウォークマンも、合理性だけでは生まれなかった商品だと言っていいでしょう。こんな商品が欲しいとか、これは楽しいとか面白いといった数値化できない感性や直観で開発したからこそ、世の中を変える大ヒット商品になったのです。イノベーションというと、すぐ科学・技術が出てきますが、これだけでなく同時にニーズを直観する能力が求められます。
科学は革新的な商品を生み出すためのツールでは無いのだがなあ・・・。
「こんな商品が欲しいとか、これは楽しいとか面白いといった・・」というのは、科学とは無関係の理想や価値観、意思の問題であって、科学と対比させても意味がない。やはり、科学をビジネスのツールくらいにしか考えていないのだろう。
「科学は苦手です〜」の人たちは、こういう記事を読むと喜ぶのかも知れないが、最低限の科学的知識が無いままに、「面白さ」を追求すると、単なる精神論や机上の空論に終わるんだがなあ。大丈夫か?花王。



