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旅の途中

17日から札幌に来ています。

18日は午前中に空き時間があったので、少々急ぎ足で北大付属植物園を散策。久々の晴れとかで、風も爽やか。バラは未だ一部咲き程度。カードリーダーを忘れて来たので(というか持って歩いたことが無い)、写真は後日アップ予定?
昼食はスープカレー。うまいうまい。
午後は羊ヶ丘方面で仕事の打ち合わせ。
夜はすすき野で懇親会。ラーメンも食べて超満腹。

19日は朝から旭川方面に電車で移動。

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武装する植物

数年前の話だが、家人が知り合いに梅の実を沢山いただいたという。見ると直径2cm前後の大小不揃いのもので、小梅にしては大きく、南高梅などの食用梅にしては小さいという、何とも中途半端な大きさであった。果実のところどころシミがあったりゴツゴツした感じだったりで、自宅で採れたか近所で採れたからしいのだが、詳しいことは判らなかった。

我が家は30年ほど前に江戸川区から現在の市川市に引っ越しして来たのだが、当時は空き地ばかりで、建物が無いためか毎日のように強風が吹いている寂しい場所だった。それが、数年経つうちにアパートやマンションが次々と建つようになり、それとともに地価も上がっていった。それと同時に、あちらこちらの空き地に梅や栗の苗が植えられ始めたが、おそらく節税のために「農地」としての体裁を整えるためだったのだろう。それらの梅園や栗園は数年の内にマンションやアパートに変身して行ったのだが、売り惜しみ(?)をしている内にバブル崩壊となって売れなくなったのか、今ではすっかり立派な梅園や栗園になっている場所がある。そんな場所で収穫して来たものなのかも知れない。ともかく収穫物が目的では無いので、無肥料、無農薬、滅多に雑草取りもしないので草ボウボウ、図らずも自然農法を実践している場所なのだ。それでも梅や栗の木は逞しく生き、季節になれば果実を落とす。無肥料無農薬でも、収穫物の品質を問わなければ梅や栗の栽培は難しくはないらしい。おそらくそんな理由もあって、これらの樹種がえらばれたのだろう。

バラいっぱいの庭にしたいというタイトルで我が家のバラを紹介したことがあるが、実はこのバラたちもほぼ無農薬で栽培している。毎週のように農薬を撒かねばバラは栽培出来ないと信じている人も多いから驚くだろうが、私が農薬を撒くのは年に1回程度、チュウレンジバチの害が酷くなった時だけで、撒かなかった年もある。ほぼ無農薬で栽培出来るというのは、これらの品種が耐病性に優れているということもあろうが、実際には近くに寄ってみるとアブラムシがいたり、ゾウムシの類にやられていたりで、1つ1つの花はクローズアップに耐えられるかどうか疑問というレベルだ。たった数株の趣味栽培だし、管理の手間と楽しみのバランスを考えたら十分納得が行く出来映えだと思っている。これがもし切り花等の大規模な商業生産だったら同じようには行くまい。虫食い黒星病のバラなど誰も活けたくなかろうから。

バラの栽培では農薬を使うか使わないかの議論が盛んにされることがあるが、農薬の是非を言う前にもっと重要な事がある。どんな植物でも同じだと思うが、株がいったん弱ると病虫害の集中攻撃を受けることがある。バラの場合は定期的な施肥と適切な剪定が最も重要で、これらを怠って無肥料放任栽培していると、次第に枝葉が細く、貧弱なものになって行く。新しいシュートは出なくなり、古いシュートに貧相な枝葉が着いた姿になる。そうなると、いくら耐病性に強い品種と言えども黒点病が大発生し、夏にはバラバラと葉を落とすことになる。そして、枝にはカイガラムシがびっしりついたりして、まさに病虫害の巣窟になってしまう。このように葉を落とした株は充実することが出来ず、翌春はさらに悲惨な状態になって行く。まさに負のスパイラル状態だ。そうなってしまってから農薬で抑えようとしても、せいぜい貧相な状態を維持するのが精一杯だ。飢え死にしそうな人に薬だけ飲ませるバカはいないだろう。まずは基本的な栽培管理方法を身につけてから農薬使用の是非を語らねばならない。それを最初から無農薬で栽培するにはどうするか?・・・というところからスタートしてしまう人がいて、施肥や剪定等の基本を忘れ、やれ焼酎だ木酢だトウガラシだというから、話はおかしな方向に飛んで行ってしまう。

話を梅の実に戻すが、その不揃いの実は梅干しとなって食卓に登場した。しかしその味ときたら、苦いというか渋いというか、いずれにしても食べられるようなものではなく、結局全て廃棄処分となった。何故そんな酷い味になったのだろうか?

ここからは推測になるが、たぶん無肥料無農薬が不味さの原因だと考えている。野菜や果物等、植物由来の食物には苦味や渋味などを持つものが少なくない。また独特の香りを持つものも多い。これらは二次代謝産物と呼ばれ、我々はその風味を楽しんだり、時に薬用として利用したりするが、植物としては何も人間を楽しませるために作っている訳ではない。二次代謝産物の多くは抗菌活性など様々な生物活性を持っていることから、耐病性や耐虫性など、自分自身を守るために作っていると考えられている。これらの物質を作るにもエネルギーが必要だし、場合によっては植物自身にも害があるから、必要な時だけ作るようにしていることが多い。必要な時とはどんな時か? 病気や害虫に攻撃された時だ。様々な環境ストレスにさらされた時にも、これら二次代謝物生産のスイッチが入る。要するに、植物は外から攻撃を受けると完全武装した状態になる訳だ。それを人間が食べると、苦かったり、渋かったりするのだが、蓼食う虫も何とやら、「香り高く」なったり「味わい深く」感じたりするのだから面白い。ただし、もともとは外敵から身を守るために作られた物質だから、基本的には我々に害を及ぼすものであると考えておいた方が良いと思う。作物の改良の歴史は、これらの二次代謝物を作らない系統、つまり「穏やかな性格の持ち主」を選抜した歴史とも言える。だから、いくら穏やかな人だって虐められれば牙を剥くことがあるように、園芸品種と言えども、粗放的に扱われれば自分を守るために野生に目覚め、全身を化学物質で武装することがある。もらった梅の実はそのようなものでは無かったのか? バラの場合は、梅などとは逆に、弱ると二次代謝物を作れなくなるのかも知れない。株の調子が良い時に、最高の二次代謝能力を発揮するのでは無いか? 調子の良い株では香りも強いかも知れない。そもそも食用品種と観賞用品種の選抜基準が違うのだから、同じようには考えられないだろう。同じキャベツの仲間でも、観賞用に選抜された葉ボタンでは固くて不味くなったのと同じ理屈だ。

最近、腐らないことを売り物にしたリンゴが高値で販売されているらしいが、これが抗菌性の二次代謝産物によるものだと考えると、粗放的な栽培によって虐めぬかれた結果ではないかと推測される。だから、リンゴが「腐らない」という現象と、それが人の健康に良いことなのかどうかは別の話として考えなければならないだろう。腐らないパンは食品添加物がタップリ入っているから危ないという人がいるが、その一方で腐らないリンゴが歓迎されるというのは何だかサッパリ解らない。リンゴを引き合いに出したが、「虫の食っている野菜は美味い」等の話も意味不明だ。虫に囓られたり、病気にやられている植物は相当にイライラして攻撃的になっていると考えた方が良いと思う。肥料や農薬を適度に使って、植物達をなるべく平和ボケの状態にしておくのが、我々にとって安全なことでは無いだろうか? 虐めて反応を楽しむいじめっ子は、時には反撃に遭うことも考えておいた方が良かろう。植物の時計はゆっくりだから、何年もかけてジワジワと効いてくるかもよ(笑)


テーマ : バラが好き!
ジャンル : 趣味・実用

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Author:conocono
花好きおじさんの園芸と植物に関するあれこれ。
たまに作り話もあるので要注意。

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