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園芸学部 百周年

千葉大学園芸学部は1909年に千葉県立園芸専門学校として開校し、1914年に千葉県立高等園芸学校に改称、1929年に文部省に移管、官立千葉高等園芸学校、1944年に千葉農業専門学校と変遷を経て、1949年より千葉大学に包括され現在の園芸学部となった。今年は学校設立から数えて百周年ということで記念事業が行われた。

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昨年あたりまでシナサワグルミが鬱そうと茂っていた場所に花壇が出来ていた。数字の100の隣は千葉大の校章。シナサワグルミは右下の切り株になってしまったなあ。

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特別展は12月23日まで・・。

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天皇皇后の行幸啓の様子

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卒業生&学生のチョコレートコスモス及びプリムラのバイテク育種成果展示

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折しも大学祭(戸定祭)が開催中で、沢山のお客さんで賑わっていた。
農場で収穫した野菜類が人気です。鉢物や植木類も販売していますが、これは仕入れ品がほとんど。大学は生産の場では無いので仕方ないでしょう。

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屋上からフランス式庭園方向を望む。展示は正面の建物の1階で・・。

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旧正門
松戸駅方面から徒歩で入るには不便なので、今はこの門を通る人は少ないだろう。
市川駅からバスで来る場合は、小山バス停で降りてこの門から入ることになる。私は受験の時はこの門から入ったが、未舗装で木々がもっと鬱そうと茂っていたのが懐かしい。もう30年近く前の話になってしまった・・。

この学部に入りたいと思ったのはいつ頃だったろうか・・・。物心ついた頃から植物を育てるのが大好きで、小学生の頃に読んだアメリカの育種家バーバンクの伝記がきっかけの一つになった事は間違いない。テレビや新聞のコラムで活躍していた故・浅山英一先生の影響も多大だ。浮気性なので、医者になりたかったり、画家や書道家になりたかったり、ある時の夢は天文学者やコンピュータエンジニアだったりもしたが、高校に入学した頃には、園芸学部の育種学研究室に入ることに決めてしまった。家から一番近いという理由で入学した高校はお勉強の出来ない学校だったし、予備校にも行かず模試などもカネが勿体ないと一切受けなかったので、心配した先生方は受験レベルを下げろ、入学出来れば何処でも良いじゃないかとアドバイスしてくれたが、本人が園芸学部に入学すると決めてしまった以上入れてもらうしか無かろうと聞く耳を持たなかった。「滑り止め」も受けず、万一入れてくれなかったらサボテン屋に丁稚奉公に行こうと本気で思っていた。そういう道もまた楽しかろうということだ。とにかく決めることが大切で、決めてしまえば何とかその通りになるものだ・・・と信じている。幸か不幸か園芸学部に入学を許されたので、今もってサボテン屋の夢は果たされないままでいる。

就職したばかりの頃、園芸学部が出身だと言うと珍しがって、必ず「盆栽の作り方を勉強して来たのか」等々と、所謂「趣味の園芸」と混同した質問をされるので辟易した。まあ、育種やバイテクの話のきっかけとしては面白いので、素人相手の「枕」としては便利といえば便利なのかも知れない。実際、花作りは好きだし、花の業界で活躍している先輩方も多いのだから。「農学部と同じですよ」と言ってしまうとかえってツマラナイのかも。ただ、自分自身に限って言えば、植物の名前や分類、育て方などの基本的な知識は小中学校までに習得してしまっていたし、そういう学生は少なくない。しかし、大学はやはり学問と研究の場であり、園芸の技能を教育する職業訓練の場では無い(もちろん体験学習程度の実習はあるが)。一般の人が「園芸」という言葉からイメージすることと、園芸学部で行われている教育や研究内容とのギャップは本当に大きい。

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園芸学部に隣接する、戸定歴史館では「江戸時代の園芸文化史」という特別展示が開催され、故・岩佐亮二先生のコレクションを中心に見学することが出来る。そういえば、学生の頃、岩佐先生のお宅にお邪魔し、お庭のカンアオイやシライトソウを掘って分けていただいたっけ。

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戸定邸では菊花展が開催されていたが、時間も無かったので入り口の鉢植えを観賞。


卒業生の市橋容疑者が最近やっと逮捕された。我が家の近所の行徳署に身柄を送られた時は、深夜まで報道のヘリが飛び回っていて五月蠅かった。何でもメシのタネにする者は行動が下品でいけない。本人はなんでも医者になれなかったとか何とか阿呆な言い訳をしているようだが、なら何を目的に何浪もしてまで園芸学部に入学したのか? 卒業生の起こした、大学とは何ら関係の無い事件にまで学部名を出されるなどは他に例を見ない迷惑な話だが、珍しい学部名が災いしてのことか・・・。印象に残りやすいのもやはり良し悪しだなあ。

名誉教授の本山直樹先生が市橋達也君に告ぐというタイトルでブログを書いておられた。さらには、日刊スポーツに『市橋容疑者の恩師「私が行けば心開く」』という記事が掲載されていて・・

市橋容疑者は10日の逮捕後、容疑についてはほぼ黙秘を続け、食事を拒否する状態が続いている。本山氏は14日、状態を聞き「面会に飛んでいきたい気持ちを強く持っている。事件についての黙秘や絶食を続けているようだが、私が行き、直接説得したら、彼は心を開いてくれると思っている。彼は死体遺棄事件の容疑者だが、永久に千葉大の卒業生でもある。同じ大学人として、ほうっておくことはできない」と力強い口調で話した。

・・とあるが、これは全くいただけないと思う。個人の心情としては理解出来なくもないが、おそらくは不本意で通っていたであろう大学の、しかもサークル活動の先生が浪花節的な説得をしたところで、「ウザイ」と言われるだけの話でしか無いように思う。ましてや、OBの身で、卒業生の犯した事件の責任を負うような発言は、何でもかんでも学校の責任としたいマスコミの恰好の餌にしかならないだろう。記事を斜め読みしかしない一般人は、園芸学部の学生が起こした事件について、指導教授が責任を感じて呼びかけているとしか記憶されないだろう。実際、数名の知り合いとの会話で、「園芸学部は最近、学生が殺人を犯したり殺されたりで大変ですね」という話が出た。一般市民の記憶力などそんなものだ。本山名誉教授の「自然農薬」関連の仕事はすばらしいと思うが、今回の件は事件に乗じた単なる売名行為にしか感じられず誠に残念である。


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花好きおじさんの園芸と植物に関するあれこれ。
たまに作り話もあるので要注意。

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