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気が長い?

植物の栽培を長年やっていると、人から「気が長くなくっちゃ出来ませんね」と言われることがある。タネを播いてから開花するまで最低でも数ヶ月、長期間要するものだと10年以上かかるものもある。だから、植物の栽培をやっている人間は気が長いに違い無いと思われているのだろう。

「気が長い」という言葉は褒め言葉として使われることはあまり無くて、「のんびり悠長にやっている」程度ならまだマシで、大辞林には「あんまりゆっくり構えすぎていて、周囲の人をいらだたせる。」と載っている。

周囲の人たちにどのように見えているかは知らないが、自分自身はとても短気な人間だと思っている。結構すぐにカッとなるし、上手く行かなければあれこれ工夫してみないと気が済まない。そんな時間がとれなければイライラする。ただ、待たねばならない時間、ものごとが出来上がるために最低必要な時間があることだけは解っている。喩えて言えば、人間の赤ん坊が1年で大人にならないと言って怒る者はいないだろうということだ。

植物には植物の時間が流れている。我々が1時間で出来ることと、彼等が1年で出来ることをスピードだけを比較しても意味がない。彼等とて決してノンビリ生きている訳ではないのだから、人間の都合で急がせたところで早く進むというものでは無かろう。植物を気が長い生き物というのであれば、ネズミから見たヒトもまた、ダラダラとした生き物に見えるだろう。ネズミの忙しない動きを見ているとそう思う。

植物の時間に合わせて生活していると、いつしか植物の時間に影響される人間もいるようで、植物や園芸の研究者の中には長生きする人が多いそうだ。慌てても仕方ないことに気がついて着実に歩を進めることが出来れば、要らぬストレスも無くなって健康に良さそうな感じはする。

長生きしたい方は園芸趣味をお試しあれ。

お金も有効期限付きにしてはどうか

経済学のことは全く知らないが、お金は人体における血液のようなものだと思っている。

血液が滞りなく体中を巡ることで、はじめてその機能を果たすことが出来る。例え話はかえって理解を妨げることにもなるが、イメージ的には、人々の作り出すあらゆる価値(商品だったり、サービスだったり・・)が、お金に乗って社会を巡っている・・・ということになろう。ここで大事なのは、お金そのものは何もしないということだが、不思議なことに世の中ではお金を置いておいただけでも増えることがある。人々が作り出すあらゆるものが、時の経過と共に劣化して行くことを考えると、お金だけが例外的なのが不思議でならない。そんなことをするから、お金の流れが滞って鬱血状態になってしまう。お金の使い方を知らない者の手に渡ったら最後、二度と市中に出回らないことになろう。不況だと言うのに、金余り、つまり投資先が無いのだという話も聞く。投資先が無いなどとは無能の言い訳であって、そもそもお金の使い方が分からない者がお金を手にしてしまっただけに過ぎないだろう。お金でも知識でも、それらを持つ者は上手く使う義務を持っていると思う。

そこでだ、食品類などと同様に、お金にも消費期限を付けてみたらどうだろう。皆、必死になって使い道を考えるようになるのでは無いだろうか?

消費期限改竄とか出てきたりして(笑)



・・・子供の冗談なので、そんなことしたら云々等の突っ込みは無しね!

分解しても無くならない

昨日テレビ朝日で「エコ甲子園」という番組を放送していた。
後半を見ただけなので詳しくは分らないが、エコに取り組む学校の活動を紹介するものらしい。

色々と工夫している高校生の姿は微笑ましかったが、番組を作る側の知識レベルにかなり疑問を感じた。伝える側がいい加減だと、彼らが折角努力しているものが、正確に伝わらないだろう。その上、不適切な場所に情緒的解釈を織り交ぜるクセは何とかならないのだろうか?

一番気になったのは「分解」という言葉。

釧路湿原に流れ込む畜産由来の屎尿が湿原の水を富栄養化し、本来そこに生えない植物が繁茂した結果、湿原の面積がどんどん狭くなっているらしい。それを微生物の力で何とか解決したいという話だ。生徒達は、その微生物が好んで棲む(らしい)植物を探し、増殖した苗を湿原に植えることで水質浄化が出来ないかというチャレンジとのこと。

たしか番組では、その微生物が屎尿の「有機物を分解する」ので水が浄化されると説明していた。

この「分解する」というのがくせ者で、一般的には「分解する = 無くなってしまう」と捉えられているような気がする。例えば、ダイエット関係だと「ウーロン茶が脂肪を分解して云々」などと使われる。分解されて無くなってしまうので、油っぽいものを食べても大丈夫と理解されているのだろう。番組でも、分解されたものがどうなって行くのかの説明は全く無かった。取材側は、分解された=無くなってしまった、と考えたに違いない。

高校生達が探していたのは、おそらく「脱窒菌」だと思う。屎尿由来の窒素化合物を嫌気条件下で気体窒素(窒素ガス)にする微生物だ。植物と共生(?)するかどうかは知らないし、かなり高濃度で流れ込む窒素化合物を脱窒菌がどこまで気化するかは疑問だが、いずれにしても窒素が無くなったわけでは無い。リン酸の方はそのままだし。

炭で河川の水が透明になったので「綺麗になった」と言っていたコーナーもあったが、透明になったら良いというものでも無いし、炭は何でもかんでも吸着する魔法の物質では無い。生徒達はそのあたりのメカニズムを理解していると思われるが、とにかく取材する側に理解力というか、それ以前の知識が無い。目に見えなくなれば、微生物が分解すれば、都合の悪いものが消えてなくなると思っているのが驚きだ。話は逸れるが、河川に菌の培養液(要するに腐った有機物液)を大量投入して浄化しようという訳の分らない話があったっけ。

まあ、植物は自分が必要な元素を自分で作り出すと言う人がいるくらいだから、物質が消えて無くなったところで別に驚くに値しないのか?

死ぬかと思った

椎茸の培養のことを書いていて思い出したのですが、同じ頃に種々の物質の電気分解を試してみたことがありました。ある日、食塩水を電気分解してみようと思って、水素と塩素が出るだろうと予測しました。それでやってみると、電極からシュワシュワと泡が・・・片方の電極からは何やら緑色の気体が・・・小さなガラスカップに集めてみました。これが塩素ガスに違いないなと・・。自宅でやっていたので、試験管なんていう上等なものは無かったのです。で、カップを開けてみると・・・ものすごい刺激臭がして驚きました。調べてみると塩素ガスは毒なんだそうで、あやうく死ぬところだったんじゃないかとヒヤヒヤしました。ついでに白状すると、やはりその頃ですが、2度ほど感電して痺れました。

その頃の毎日と言えば、そんな実験をやっているか、種まき&植え替えをしているか、夜空を眺めているか・・・勉強もせずに、今思えば阿呆な子供でした。

キンモクセイと温暖化

「キンモクセイ 温暖化」でgoogle検索をしてみると、例のぶっ飛び天声人語が大学入試(筑波大・情報(メディア創成))の小論文課題として使われたそうです。メディアとのつきあい方に関しての良い題材になるような気もします。

「地球温暖化」は国を挙げての産業施策のキャッチフレーズという様相になってきたので、この頃は全ての事象は地球が温暖化していることを前提に解釈されるようです。ですから、キンモクセイの開花期が早かろうと遅かろうと、あるいは乱れまくっていようと、全ての道は温暖化に通じることになっています。その道を行くあなたの背中を押すのは、エコっぽくて、ノスタルジーに満ちた「上農」だったり「村の古老」だったりするのです。いったい彼らは我々をどこに連れて行こうとしているのでしょうね? 私はまだお迎えには来て欲しくないですし、町中で育ったためか村にも農にも懐かしさや親しみを感じません。

さて、「温暖化」のような絶対真理的前提でものごとを見ることを、一般的には「色眼鏡で見る」と言うわけですが、長年の紫外線照射の影響で白くなってしまったレンズを通して見る世界は真の姿とは大きく違っているかも知れません。誰もが「色眼鏡」からは自由になれないので、少しでもクリアな世界を見たいということで、客観的なデータを集めることが重要になります。もちろん、自分自身でデータを取ることも大切ですが、数年だけの記録では誤差が大きすぎて判断を誤ることになるでしょうから、なるべく長いスパンの記録が欲しいものです。出来れば50年とか100年とか・・・。そういう長期間のデータが、たった数年間の個人的経験による判断の誤りを修正してくれるでしょう。

残念ながら、ネット上にはキンモクセイの開花日のデータはほとんどありませんでしたが、横浜市環境科学研究所の発行している2008年の報告書に「横浜市こども植物園における気温変動による植物開花日の経年変化」という報告に若干キンモクセイについての言及が見られました。pdfファイルで全文がダウンロード出来ますから、興味のある方は読んでみてください。

この報告書に、横浜市の、この60年間の年平均気温の変化を示すグラフが出ています。
横浜気温変動

この27年間で約1.5℃の上昇傾向が見られ、特に80年代後半からの著しい上昇傾向が見て取れます。また、この100年間では約2.6℃の気温上昇が見られたそうで、そのうち1.6℃はヒートアイランド現象によるものと推測されるとのことで、ヒートアイランド現象プラス温暖化が横浜市での気温上昇の原因と考えられるようです。

この27年間、41種の植物の開花日を記録し、まとめたのがこの報告書で、開花期が早まったもの、遅くなったもの、変化しないものに分けられました。開花時期が変化しない傾向にあるものが次の7種で、調べた花木の29%にあたります。

トサミズキ、カンヒザクラ、クヌギ、ミズキ、ノイバラ、ハマボウ、キンモクセイ

このうち、トサミズキ、カンヒザクラ、ハマボウ、キンモクセイは1980年代後半に早くなる傾向もあるらしく、トサミズキやカンヒザクラのように春咲きのものは解りますが、キンモクセイが早くなる傾向もあるというのが不思議です。ただ、キンモクセイの開花ピークは複数回あるという特性を踏まえての「傾向」なのかどうか不明です。

先日の記事にも書きましたが、やはりキンモクセイの開花時期はこの50年くらい変動していないと考えてよさそうです。気温の上昇があったにも関わらず。

「温暖化」という色眼鏡で見てたので、キンモクセイの開花時期のゆらぎという現象が、温暖化の影響という解釈につながってしまったと言えます。実際にはキンモクセイの開花時期は変動していなかったのですから、色眼鏡が真の姿を隠してしまったとも言えるのです。天声人語に倣って言えば、このようなキンモクセイのイタズラとも言えるような花芽の仕掛けは、人々がかけている色眼鏡に気付かせるひそやかな鐘とも・・・(笑)さらに言えば、最近流行の「役に立つ(=すぐ金儲けになる)科学」的な発想に対する警鐘とも・・・。答え(=解釈の仕方)が既に決まっているのなら、わざわざ研究などしなくても良いでしょうし、真の姿が持つであろう意外性(キンモクセイを例にすれば、多段咲きという現象やその仕組み)に目を瞑ることになりそうな気がします。

話は変わりますが、キンモクセイは沖縄には無いという話を聞きました。昔から有名な植物ですから、誰か植えたことはあるのでしょう。それが育たないのか、開花しないだけなのか???

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Author:conocono
花好きおじさんの園芸と植物に関するあれこれ。
たまに作り話もあるので要注意。

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